| 敦賀ロータリークラブトップ | ひとつ前に戻る | プライバシーポリシー | お問合わせ | サイトマップ |
|
会長の時間今朝、新王様が誕生された。久々に明るい話題である。また、大変賑わった敦賀まつりだが、多数のロータリアンが参加されていることに改めて驚いた。 地区R財団委員会で、前年度地区目標達成に対する表彰を平井Gより受け取った。また、先般の「遊敦塾創設キックフォーラム」への多数参加に対し岩井観光協会会長より礼状が届いている。 さて、9月は「新世代のための月間」となっている。以前は「青少年奉仕」と言っていた。ライオンズなども同じような活動をしているが、「ロータリーでなければ出来ない青少年奉仕とは何か」「そもそもロータリーの奉仕とは何か」という視点を見失ってはならない。 ロータリー運動とは職業人の最も優れた倫理運動と言われている。例をあげれば、道にタバコの吸殻や空き缶が落ちている。それを拾うのは当然だが、そういうものを捨てない人を育てるところにロータリーの本願がある。いかに我々と青少年とのコミュニケーションをとるかも大きな課題である。 現代では「教育の崩壊」がいわれ、年齢差、価値観、人生観の違いなど、大きなギャップがあり、意思の疎通を図ることはますます困難になっている。「こどもは親の後姿を見て育つ」と言われる。 家庭における父親の役割は大きいが、近年父親の不在が問題化しており、現在は後姿も何も見えないという状況がある。 大事なのは円満な家庭生活である。物質的に恵まれた家庭でも、両親がうまくいってないと子供にとって大変な負担となる。 ケストナー曰く「世の中に両親が別れたために不幸な子供は沢山居る。しかし、別れないために不幸な子供も同じだけ居る」夫婦関係の破綻、離婚問題はなかなか悩ましいことだが、ロータリーが倫理運動であるという視点から家庭生活に対する奉仕の心の適用を考えなければならない。 家庭生活の破綻は即ち青少年奉仕の出発点の崩壊を意味する。やはり夫婦は仲良くせねばならない。簡単なようで最も難しい実践の分野であろうかと思う。 なにはともあれ、家庭環境を充実させ、身近に接していけば、子供たちはまともに育っていくのではないかとの結論に達した次第である。 入会式今井 崇君 挨拶
単身赴任の私の出身は埼玉、かみさんは札幌、で、家は長崎と転勤族を地でいった生活を送っている。入会にあたりレクチャーを受け、大変なプレッシャーを感じており、皆様のご指導をよろしくお願いします。 委員会報告ロータリー財団委員会今年度目標に「100%PHFクラブの達成」を掲げたが、現在会員55名のうち、未達成者が21名となっている。目標達成のため、認証ポイントの分配などの施策が理事会で決定された。21名の方々にアンケート送付するので、ご協力願いたい。 卓話元会長卓話 第13・14代会長 大北 稔会員
親王誕生というよき日、中村先生の後を受け、卓話を仰せつかり光栄に思っている。敦賀RCの歴史を紐解くと、昭和32年に京都、福井、武生の3RCをスポンサーとして、県下3番目のクラブとして誕生してから来年5月には、はや創立50周年を迎えようとしている。 この間、先輩各位のご尽力により、ロータリー最高の栄誉である「意義ある業績賞」を2回獲得するなど、輝かしい伝統と歴史を築き上げてきた。過去の周年事業を回顧すると、昭和40年の創立10周年は、敦賀市の市制30周年にも当たり、16ミリ撮影器具一式を当時の畑守市長に贈呈した。 20周年は昭和52年、市文化センターに記念ブロンズ像を寄贈、多くの来賓を招き盛大に実施した。次は30周年と思っていたが、当時のガバナーから25/50周年と米国流にすべきとの意見で、昭和57年に25周年記念事業として松尾芭蕉翁の句碑贈呈、フランス兵墓地墓標の改修などを行った。 40周年は、平成9年に神谷会長のもと大谷刑部吉嗣像、馬像一式を市に寄贈、青少年育成基金創設、海上自衛隊舞鶴音楽隊の素晴らしい演奏で盛り上がった。 来年の50周年記念祝賀会は会員皆様のお力でいやが上にも盛り上げ、成功を願っている。私個人の思い出としては、昭和36年に先代の矢田金蔵さんと同時に、創立以来35番目に入会した。 先代の坂本豊先生には格別お世話になったことが懐かしく思い出され、感謝している。また、入会3ヵ月後に弊社の従業員19名全員が労組を結成し、3ヶ月にわたる労働争議と1ヶ月に及ぶストライキなどで疲労困憊したが、ロータリーの仲間から激励を受け、皆様の友情に大いに勇気づけられた。 県地労委の斡旋で和解、全員が退社して労組の根を絶やし終止符を打つことができた。入会2年半目に思いがけず幹事に指名され、戸惑ったが坂本会長のご指導で何とか勤めることができた。 また、昭和44年には第13代会長に指名され、ビックリ仰天した。当時の思い出として、県下12クラブのIGFホストクラブ会長を務め、松原の体育館で大阪RCの塚本ガバナーのもと204名が参加、その折歌った「我は海の子」が好評をいただいたことなどが印象に残っている。 |
| Copyright(C)2001 Tsuruga Rotary Club All Rights Reserved. |